マツカゼ 管理人マツカゼ 管理人

初めましてランニングナビを運営している管理人のマツカゼと申します。
初めてランニングを始めたのは中学の陸上部で、ランニング歴は20年ほどになります。
ランニングでうつ病を治した経験をいかして、ランニングアドバイザーもしています。
1日8キロから10キロほど走っています。

マツカゼ管理人とランニング

中学生から高校生


中学から3年間陸上部をしていて、長距離も短距離も走ることは得意で好きでした。

高校生の頃は野球部に入部しましたが、高校1年の冬に、走り込みの練習中に、足をぎくっとねんざした時のような痛みを感じました。
数日しても痛みがひかないので、病院で診てもらうと、靱帯が少し伸びてる(軽い靱帯損傷になるのかな?)との診断でした。

足を固定する治療のためという理由で、保険が効かないサポーターを数万円で購入を勧められました。
サポーターで足を固定して過ごすことになります。
当時は知りませんでしたが、レントゲンでは靱帯は撮れないそうです。
この病院の整形外科の医師は金儲け優先で怪我の治りを長引かせるヤブ医者でした。
この病院について、数年後にわかったのですが、当時はネットがなかったので評判がわかりませんでしたが、近所の人の話では同じような被害にあってる方がいて、とても評判が悪い病院でした。

サポーターで固定をしても、若いので体を動かしたいことが我慢できませんでした。
2週間後ぐらいにまた野球部で通常の練習に復帰をしました。
この行動がダメだったようで、高校を卒業後は足にガムテープを巻いて固定して過ごすようになりました。
そこまで丈夫に固定しないと歩けないようになっていました。

19歳から22歳


その後、就職しましたが、足の激痛に苦しみ、毎朝立ち上がることも苦労し、特に冬は激痛で苦しみました。
20歳の頃に、名医と呼ばれている先生がいる病院を教えてもらい診てもらうことになりました。

MRI検査で診てもらいましたが、靱帯に遊離軟骨が3本もささってることがわかりました。
かなりの重傷だったようで、この状態で何年も過ごしてたとはびっくりされました。

手術してほしいことを希望しましたが、痛みを我慢して日常生活ができるなら、若い頃に体にメスを入れる手術はさけた方が良いということで、1年ほど痛み止め注射と足の水を抜く作業で足の様子を見ることになりました。

痛み止め注射をしても、その日は痛みは引くのですが、翌日からまた足の痛みが発生し、日常生活に支障がでていて、満足に働くこともできないので手術することにしました。

人生で初の手術でした。
手術の前日は寝れないのでハルシオンを服用し睡眠をしましたが、目を覚ますと体のだるいこと。
さらに、手術は下半身麻酔だということで、手術しているところが見えるんです・・・。

手術で一番痛くてびっくりしたのは脊髄注射です。
今は知りませんが、20年前は脊髄注射器の大きさは、アニメにでてくるようなぶっとい注射で針もびっくりするような太さでした。
それを見ただけで気が遠くなり意識がフラフラしました。(意識が遠のいたのは人生で初めての経験)
脊髄の注射を打つのもかなり痛くて、痛いと叫んでしまいました。(笑)

手術は1時間程度でしたが、生き地獄でした。
下半身麻酔なので、上半身は意識があり、のこぎりで靱帯を切断して骨をペンチで抜いてるのが医師の会話や手術器具からもわかりました。
手術してる音が聞こえてくるので、凄い冷や汗がでていました。
名医の先生が新任の先生に手術をさせていたのですが、そんなに強くすると靱帯切れるって怒ってたのが、とても怖かったです。

22歳


手術は成功し足の痛みは半減し、1ヶ月で歩けるようになりました。
ただし、医者からは10年は痛みが引かない。
そして、若い頃に靱帯にメスを入れると老後に痛みがでることがあると言われました。
当時は信じていませんでしたが、痛みが完全に消えるまで10年かかりました。

現在は手術した箇所は持病になっています。
持病といっても普通に歩くぐらいなら痛みはでません。
早く走ると手術した箇所からふくらはぎにかけて、だるい痛みが1週間ほどでてしまいます。
そのため、タイムを競い合うランニングはできません。
ランニング後は毎日湿布を足に貼っています。

23歳から26歳


手術後、1年後にランニングを再開することができました。
友達とダイエットと体力強化が目的でランニングを再開しました。
また走ることができる喜びで本当に嬉しかったことを覚えています。

20代の頃は、友達、職場の上司、知人などに健康と走り方や呼吸法などをアドバイスをしていました。

この時からランニングアドバイザーとして活動するようになっていったのですが、人生順調とはいかず、落とし穴に落ちることになります。

27歳から35歳


この時期は自営業をしていたのでランニングはほとんどしなくなりました。

順調だった人生が狂いだしたのは、自営業を初めて5年程、経過してからです。
これまでずっと雇われや派遣社員をしていましたが、時間に拘束されていつも同じ仕事、前もって残業のある日がわからないこと、通勤時間の無駄などが嫌になり、自営業をすることになりました。

自営業をしてる頃は、仕事量を増やせば労働時間も長くなり収入も上がり楽しかったのですが、誰も雇わず1人でしていたので、仕事量を増やすほどプライベートの時間が減っていきました。

毎日16時間労働、時には20時間労働(年間休日0日)を7年ぐらい続けました。
自営業を初めて、5年目ぐらいでしょうか?
寝ても体の疲れが取れにくいようになっていきました。

寝ても疲れが少しずつ蓄積されていく感じの体のだるさです。
風邪引いた時の体のだるさに似てるかも知れません。

体がだるいのは、やる気や根性の問題だと決めつけていて、その後も仕事を続けていました。

この状態で2年が経過した頃には、もう末期状態でした。
体(精神状態)が悲鳴を上げていたので、仕事量を減らし、労働時間も減らすことにしました。
メイン事業を売り、小さなサブ事業を人を雇い回していましたが、すでに時遅しでした。

今度は起きれなくなっていきました。
たくさん寝ても体がだるくて、起きても5分や10分すると眠くなるんです。
疲れてだるくて眠くなる感じです。

思考も低下、集中力もなし、無気力がひどかったので、完全に仕事を畳むことを決断しました。
これで好きに休めるので、症状は回復すると思っていたのですが、日に日に悪化して行きました。

35歳から38歳ぐらい


仕事を辞めたのに一向に体調が良くなりません。

何度も立ち上がることを試みましたが、無気力、体のだるさ(疲労感)に邪魔をされ、ついには死にたい(希死念慮)と脳が考えるようになりました。

希死念慮が1日のほとんどの時間をしめることになっていたので、これは本当にやばいと思い、心療内科で診て貰うことになりました。

病院に行く時に久しぶりに外に出ましたが、1分歩くだけでめまいで体もフラフラ。
ゾンビが歩いているように見えたと思います。

病院での診断結果は不安障害とうつ病でした。

うつ病という名前は聞いたことがありましたが、やる気がでない病気で、やる気の問題だという認識程度でした。
この時、初めてうつ病を理解し、うつ病の苦しさを理解することができました。

うつ病の治療が始まりました。
いろんな薬が試されましたが、どれも副作用がきつすぎてびっくりです。
吐き気、めまい、イライラ、幻覚、薬でこんな副作用初めてでした。

管理人のうつ病の状態は、睡眠が不規則(過剰睡眠、不眠)、何事にも無関心、無気力(これが一番きつかった)、反射神経の鈍り、立ちくらみ、めまい(これもきつかった)、思考低下(これもきつかった)です。
そして低気圧(曇りの日や寒い日)の時に鬱が重くなる傾向。

病院にも2年間通院をしましたが、寝たきり状態からなんとか起きれるまでは回復しましたが、根本的な解決はしませんでした。
薬は鬱状態になるのを強制的に制御して抑えてるだけの感覚でした。
それよりも副作用(はきけ、めまい、いらだち)がきつくて大変でした。
先生は一生懸命、うつ病の治療をしてくれましたが、うつ病の根本的な解決にはなりませんでした。

先生の勧めで、セロトニンがうつ病治療には良いということで、日光浴を続けました。
確かに日光浴をしていると気持ちいい感じがするのですが、帰ってくると無気力と疲れで寝てしまうことの繰り返しで、前に進めませんでした。

38歳から現在


うつ病を治したい気持ちが強かったので、インターネットでうつ病を寛解(軽くした)方のブログなどをいくつか読みあさりました。
そこには共通点があり、運動をしたら鬱が軽くなったという人が何人もいました。

体を動かして運動をすることは、症状の重いうつ病を患ってる人には、とてもハードルが高いです。
でも、考えてみたらランニングをしている時は健康で人生もうまくいっていたことを思い出しました。

管理人は、うつ病を治療してから薬の副作用で、2年間で体重が20キロも増えました。(82キロになりました)
こんな太った自分に自信もなくしていたので引きこもりになっていました。
2年で外に出たのは夜中にコンビニへ弁当を買いに行ったのと通院だけです。
それほど、外との関わりも臆病になっていました。

そのため、人がいない時間帯にウォーキングから始めることにしました。
最初は夜中にウォーキングをしていましたが、親に五月蠅いと言われることが増えてきたので、朝の4時ぐらいから始めました。

朝の4時に河川敷を歩いていましたが、ほとんど人がいません。
5時を過ぎる頃になると、はお年寄りがウォーキングをラジオ体操の時間まで始めていました。

本当はランニングをしたかったのですが、さすがに20キロも増えた体でランニングをすると膝を壊します。

最初は20分のウォーキングから、少しずつ時間を延ばし、30分、40分、1時間と歩く時間と歩く速さも増やしていきました。
ウォーキングを始めた当初は、鬱が重くて大変でしたが、毎日コツコツと続けて行くことで、日課になりました。
そして、ウォーキングをしない日があると、体が落ち着かない状態にまでなり、生活習慣に取り入れることに成功しました。

ウォーキングを始めて半年ぐらいでランニングに切り替えました。
数年ぶりのランニングでしたが、ずっと走ってなくてもランニングフォームは覚えていました。

でも体力がなくて、5分しか走れませんでした(笑)。
この5分走れたことがとても感動したことを覚えています。
希望が生まれて、若い頃のように走れるように戻ろうという強い気持ち(やる気)が芽生えました。

それから少しずつランニングする時間を延ばしていきました。
10分、10分+5分、15分、15分+10分、30分走れるようになるまでに1年かかりました。
そして、体重も1年で20キロ落とすことに成功しました。(82キロから62キロへ)

距離が伸びる=体力がつく=自信がついた=ランニング後は気持ちが良くなるので、メンタル状態も走る時間と比例して回復していきました。

ランニングをすることで元気を取り戻すことができました。
完治とまではいきませんが寛解です。

うつ病を経験してから、視野が広くなりました。
うつ病を経験してから、物事の考え方が変わりました。
うつ病を経験してから、社会的弱者の苦悩がわかりました。
うつ病を経験してから、健康とはどれだけ恵まれたことなのか理解しました。

働きたくても働けない、生きたくても生きれない、こんな状態に陥ったことありますか?
ほとんどの方がないと思います。
うつ病を患ったことで、未熟だった人間性が少し成長できたと思います。

現在は、40代前半ですが、20代の時より距離が走れています。
この経験を元に、現在もたくさんの方をランニングに誘い、ランニングを教えています。
うつ病の人ほど、ランニングをオススメしたいです。